89 回目 新春 もっともらしいが実は?

すでに何回にもわたって治療後(=術後)検査の重要性をのべてきた。治療者の中には、術後検査を無視するもの。脚長検査だけで、「本日の治療」を終わる者もおおい。どのように検査をおこなえばよいか、いま模索中の者もいる。

体表医術の世界にかぎっていえば、術後検査にもちいるのは、自然の中に存在する普遍的な資質をもちいるのが1番よい。なぜなら全ての事象に共通だからだ。

普遍的なものをいくつ上げてみる。地球の自転によって生じる明暗。重力によっておきる地球の中心にむかう力。音などがある。術後検査に用いるのに有利な資質だ。

いま自然のもつ資質以外を術後検査にもちいてみよう。体表医術で代表的な脚長検査法だ。
脚長検査法の最大の欠点は、治療者が患者さんの身体に触れなければ、測定ができないことにある。

物理学では実験の観察結果について、実験者の意識をいかに除くかを問題視する。それだけ、実験者の意識介入はおきやすい。
まして治療者が患者さんに直接触れておこなう観察結果は、物理実験よりはるかに治療者の意識が介入しやすい。
患者さんの身体に触れての脚長検査で、「本日の治療」を終了することができない理由がここにある。

❖同じことを繰り返す                              88回目でものべたが、非線形系では同じものは一つもない。同じ治療の仕方/同じ部位を同じ順番で治療するなど、原理として成りたたない。毎回おなじ部位が同じ順番で反応するようなら、その治療者の考え方に問題がある。患者さんではない。

❖治療にともなう体温の変化                          ザックリ言って体表医術の治療とは、重心を理想モデルsin90°に向けておこなうものだ。実際の身体は理想モデルからはずれている。周波数レベルになるだろうが、体温は上昇過程になる。
ジノセグレによれば口の中の温度は37℃だという。ただ感覚的には個人に差がある。暑がり/寒がり。脈拍数も異なる。

つまり治療とはアジャストメントごとに変化するであろう、周波数レベルの温度変化に合わせておこなうものだ。そうでなければ反応は出てこない。
出ると主張する者もいると思うが、その結果は測定から出てきたものではない。治療者の意識から出たものだ。一番簡単な治療後検査:ハカリ/さげふり糸で調べれば一目瞭然のことだ。

例えば                                     身体に磁石を接触させ、脚長が変化したのでこの部位を治療する。また患者さんのある部位に触れ、脚長が変化した。だからその部位を治療する。
それ以外に脚長を変化させる部位が無いという保証はどこにもない。ただ治療者の思いこみだけで治療をする。

治療をすれば、治療力が身体に入るとも思っている。治療後測定があやふやのために、わけのわからないことがまかり通ってしまう。そして治ったと思いこむ。

以前にも述べたが、ヒトは自然界の産物。治って当たり前なのだ。治せないのはまだその疾患の本質に認識がいたっていないからだ。

だからこそ治療者は、なぜ治らないかに重心をおくべきであって、治った方に重心をおくべきでない。

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