132回目 足裏重心の移動

今日たまたまTVコマーシャルで、人がその上に立ち「飛び跳ねるためのクッション」をみた。骨粗鬆症に予防効果があるという。スーパー雑貨店などでみかける、小型トランポリンもあるが、安全性から考えると、クッションの方が良いように私には思える。

30年ほど前の話になる。リーダースダイジェストに骨粗鬆症の予防/改善にかんする記事がのった。20年間ほどのリーダースダイジェストによる研究結果をまとめたものだ。それによると階段の登り下り運動が一番予防/改善効果が高かった。今回の飛び跳ね用クッションも予防/改善効果が高いという根拠の1つになる。それでも背骨に圧迫骨折をもつ人にはすすめられないが。

クッション・コマーシャルの中にでてきた話になる。体表医術者として興味ある話だ。被験者に目隠しをしてもらい、床で飛び跳ね運動をする(クッションを使わない、単なる飛び跳ね運動)。すると被験者は無意識に前方に向かって進みだすという。

身体の前方移動についてコマーシャル内での説明によると、スマホ等の使用により身体に前傾が生じているからだという。そこで無意識に飛び跳ね運動をすると、前方に身体が移動する。もちろん今回の飛び跳ねクッションを使うことにより改善できるという。

なるほどと思える説明なのだが、私には大きな疑問がのこる。元東京工業大学・平澤彌一郎教授によれば、2000年前の人類から、1962年生まれまでの人類の足裏重心の位置は一定だという。その後→1962年以後生まれの人の足裏重心の位置は徐々に後方にむかって移動しはじめている。重心が足部後方から33%の位置で、人類は立って歩くことができなくなるようだ。

平澤先生の発言をうらづけるように、脇の下で測る体温が下降気味にある(基準となる生物学的温度は存在する)。飛び跳ねた時の前方移動→重心の位置が後方移動をしている。1960年代、スマホ/PCはまだなかった。そんな時代からすでに重心の後方移動化がはじまっている。平澤先生は後方重心のはじまった年号を正確に記述している。

私の思い込みだが、ホモ・サピエンス種としての生物学的傾向に何らかの影響がくわわりつつあるのではないのか?

我々ホモ・サピエンス種としての歴史はまだ20万年ほどしかない。

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131回目 骨のはたらき

近代カイロプラクティック医術は、19世紀(1895年)アメリカで発見された。発見当時から、骨関節面を治療対象にしてきことから、骨の専門家のように世間には思われている。私はこの点については、大いに疑問におもっている。

ところで私が最近しった、骨についての生理学的事実が3つある。免疫/若さ/記憶力。骨に直接的刺激/振動をくわえると前出の3つが改善/維持されやすいというのだ。

ではどのように骨への直接的刺激/振動を入れれば良いのか?今回の場合、治療者がおこなうというより、患者さん自身におこなってもらうことになる。

本題にもどる                                                                                                                                                                                                                                                  沖縄空手の準備運動を通じて理解できる骨/筋への刺激/振動の入れ方で、あまり難しくない方法として前出の「ストンと」おとす運動がある

骨への刺激/振動の入れ方→患者さんから聞いた話 この患者さん最近TVでみたそうだ。その方法を私に見せてくれた。立位→足のつま先部位で立ち、急に脱力をして(ストンと落とす感じ)踵部分を床/地面に打ちあてる。刺激/振動を足の踵からいれる。

方法はいまどきのものに思えるかもしれないが、実はちがう。私は1960年代はじめ頃から沖縄剛柔流4人の伝承者のひとり、「渡口政吉」師範に師事した。その教えの中にすでにこの方法がはいっていた。  *注意:一般に知られる剛柔流ではない。

空手の稽古をはじめる前に行う、40分ほどの準備運動だ。すべて立ち姿勢でおこなう。師匠は祖師(達磨大師)伝来のものだといっていた。

「祖師伝来」。3年ほど前まではこの言葉、私にとって「?」だった。その頃来院した「ヨガ教師」の方が私に、ヨガの「太陽礼拝の法」とういのをスマホ動画でみせてくれた。おどろいたことに沖縄剛柔流の準備運動の中に入っていた。

前出の足の踵を「ストンと」おとす運動も、前後にさらに運動が加わり準備運動にでてくる。そればかりか大相撲の力士が土俵上でおこなうカタチもでてくる。私には何の意味か分からない運動もいまは「祖師伝来」のものだと信じている。

師匠はこの準備運動は、身体能力を向上させると言っていた。易筋行の1つなのだろう。運動のカタチはすべて「経筋」を意識しておこなっている。

本題にもどる。沖縄空手の準備運動を通じて理解できる骨/筋への刺激/振動の入れ方で、あまり難しくない方法として前出の「ストンと」おとす運動がある

「ストンと」落とす運動                               私見としては、背骨に圧迫骨折/骨粗鬆症ぎみの人には薦めたくない。代わりに意識している間だけでも、踵から地面に足を着地させて歩く方法を薦める。(女性の場 合、靴の形状によってはできにくい)。じつは多くの人は普段このように歩いている。歩幅に関 係なく、踵から地面に着地させることを意識する。歩行運動なので逆に地面から足が離れるとき のこともあるがここでは省略。

「ストンと」踵を落とすときの注意                                          身体は空中から糸で頭頂部が吊り下げられている感じ。下腹部が充実していること。下腹部が充実するとき、その姿勢は自然体になる。                     意識の「場」としては、仙腸関節部。身体の重さを受けている感じでおこなう。

はじめて「ストンと」を実践しようとする人は、踵を落とすときの床.地面との距離は1~2cmぐらい。回数は5~10回。この条件で1か月ほどおこない、身体のどこにも不調がおきなければ、落下の高さ/回数をふやすことも良い。アスファルト上ではこの運動は避けたほうがよい。

手からも刺激/振動は入れられるが、ミスがおきやすい。この時のミスは身体を逆に不調にみちびきやすい→省略する。他の方法もあるが文章では説明できない。

 

 

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130回目 不安はマイナス面にしか働かないのか?

ダチョウ倶楽部の上島竜兵さんが亡くなったことは、報道を通じて日本国民の知るところとなった。死因が自殺だったことから、精神科専門医の方がTVで自殺に向かう人の心理を説明してくれていた。それによると疾患のはじめには、不眠がつづくそうた。そして不安へとすすむと。

私はこの「不眠」という部分がはっきりしなかった。精神疾患のはじまりがそうなのか?化学的動因をふくむ疾患についても同じことがいえるのか?両者の区別がつきにくいところもあるのだが? 言い忘れたが、体表医術は物理的疾患をあつかう。

「サピエンス史」によると不安の動因は、あまりにも早く食物連鎖の頂点にサピエンス種が到達したためだという。

私は不安について興味ある話を3つ、それぞれから直接聞いたことがある。1つは30年ほど前のこと。これぞ職人と呼べる40代の屋根屋さん。梯子1つで屋根にのぼり、屋根の上から雨トイ(雨樋)をつけていく。屋根の傾斜のため彼の仕事姿勢は、前下方につんのめりそうな状況でおこなう。さらにトイ(樋)は屋根よりも下方部に取り付けねばならない。命綱などはつけていない。

彼は生きてここいるのだから、屋根から落ちたことなど1度もないのだろう。そこで私は彼にたずねてみた。「落ちるという不安はないのか」と。彼は言った。「朝の自分に少しでも不安を感じたらその日は仕事をしない。またその日の仕事の途中で不安を感じたら、その時点でその日の仕事はやめる」と。

彼はまるで軽業師/中国雑技団のような身のこなしを持っていた。とにかく仕事が早い。ある時、彼のお弟子さんにあったので、彼のその後を聞いた。10年ほど前に無事に屋根屋さんを卒業したそうだ。

お弟子さんに師匠と同じような方法で仕事をするのかも聞いてみた。お弟子さん曰く「教わったけれど、とても真似のできる技術ではない」そうだ。

あと2つはトラック運転手さんの話だ。互いに面識はない。年齢は50代。もう一人は70代。共通して彼らから聞いたことは、ガードレールをこすった事故だった。もちろん人をまきこんではいない。 ただガードレールをこすっただけだ。その瞬間、彼らは車をおりること(廃業)を決断したそうだ。二人ともトラック人生で一度も事故をおこしたことはなかった。今回は「ふと意識がとんだ」というのだ。

3者に共通していることは、「不安」を彼らの中でプラスのエネルギーにかえていることだ。不安はえてしてマイナスのエネルギーのような気がする。このマイナスのエネルギーを彼らは自身の哲学によって生き方の方向をきめる羅針盤のような役目としてつかっていた。

私には惚れ惚れするような生き方だと思える。

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129回目 季節/気温による身体変化   

身体の季節/気温にたいする感受性をもとにAdj.対象部をもとめるとき、その対策は非常に難しい。検査方法を季節/気温にあわせなくてはならないからだ。一定の方法/いつもの方法に、身体は反応しなくなっている。*Adj.:アジャストメント→治療するといった意味に近い。      

東洋医学(=東医)では昔から「夏は気が浮き、冬は沈む」と言っている。環境(=季節/気温)による身体の変化を述べている。ただ多くの治療者が東医のおしえを自身の臨床にとり入れられなかったことを考えると、運用が非常に難しいのだといえる。仮に「東医説」にしたがったとしても、「本日の治療」後のより客観性の高い評価/確認法に合格できるのかといった問題もでてくる。 

私は以前から臨床上での季節/気温にたいする身体変化を、Academic:アカデミック(学問の分野で、正統的で堅実なさまーwikiより)の「場」でも証明がほしかった。そして見つけた。

きっかけは、「ナショナルジオグラフィック」にのった記事からだ。記事をきっかけに 内容をおった。Xaquin Castro Dopicoをはじめとする先生方によって、2015年「季節/気温による身体の変化」が「Nature communications」にのっていた。この記事をみつけたとき、非常にうれしかった。自己満足にふけった。

❖身体と環境(=季節/気温)の関係  両者の関係を考えるとき、季節の「変わり目」には注目する必要がある。変わり目はその後しばらくつづく季節/気温への移行期になるからだ。 いま戦争中の国があるので不謹慎ではあるが。その用語をもってすれば、「変わり目」とは武器の選択期間になる。この期間に数種ある武器をえらび、その後つづく季節に使用する。  

私の臨床では「変わり目」は1週間から10日ほどつづく。検査が非常に不安定になる。例えば雨の日。午前/午後で気温がおおきく変わる日。今日は気温が高い/次の日は10℃以上低いなどなど。その季節に合わない気温の上昇/下降日。

❖疾患について  発表によれば、現代社会では疾患の85%が、Psycosomatic:精神/身体の両方がやられているという。Psycho:心理/精神/霊魂。Somatic:身体/肉体の意味。実際には精神面?%/肉体面?%ということだろう。     

疾患をエネルギー的に考えれば、Somaticの部分は原発が化学反応/物理反応かは不明だ。エネルギーの異種/同種間作用の問題がそこには存在する。

とう然だが85%の比率は時代によって大きく異なってきたようだ。ザックリいって、ヒポクラテス/ユトクといった先師の時代は身体/肉体の疾患割合は高く、現代に向かってSomaticは下降。反対にPsycho:心理/精神の疾患率は高まってきている。

データによれば以前ブログでのべたEFTの効果が、薬/対話療法よりも高いというでのあれば、EFTを体表医術的に拡張/展開して用いてみては。

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128回目 人類の危機/中性化

人類の危機/中性化。このタイトルにさそわれ、TV番組をみた。結論をいえば、諸々の社会的理由によりテストステロンが男性の体内で減少。逆に諸々の社会的理由により女性の体中でテストステロンが増加。結果、中性化がおき、互いの性を求めなくなるというのだ。

男女のテストステロンの分泌傾向については、手の第2指/第4指の長さの比較により分かるという。→画面では右手を用いていた。 男女とも第2指に比べ第4指の方が長い場合、テストステロンは分泌されやすい。指の長さの比は母胎内できまるという。

iPS細胞       をもちいた生殖細胞を介さず生まれ育った、マウスの映像もみた→親が存在しなマウスだ(九州大学)。人工子宮で育つ、羊の映像もみた。

いつもの台詞になる。体表医術者として興味を引かれたのは、顔面頭蓋骨のSuperciliary archの高さについてだ。より高い方がテストステロンの分泌が良いという→より生殖能力がたかい。

頭蓋骨の標本によると、8万年前の頭蓋骨→5万年前の頭蓋骨を比較すると、その高さが著しく減少していた。この間でおきたサピエンス種の大きな変化としては、集団で暮らすようになった。結果、Superciliary archの高さが低くなったというのだ。

集団でくらす。思想/価値観がおなじ者の集団をつくってくらす。番組とは関係ないが、

「サピエンス史」によれば、ホモサピエンスの最大の特徴は、「嘘を信じることができる特技だという」。おそらく思想/価値観の共有はここに原点があるのだろう。

もとの話にもどる 近年では男性が子育てに加わるようになった結果、テストステロンの分泌量が減少した実験結果が示されていた(アメリカ)。

今回の番組の中には、「三木成夫先生」の原生動物を用いた中性化の実験結果は示されていなかった→「何故」。私には不思議でならなかった。

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127回目 戦争/感染/マスク

連日、TVでウクライナ問題が放送されている。そんな中、私には不思議に思えることがある。コロナ問題だ。ウクライナに残った一般市民の多くは、シェルター/地下鉄構内/電車中等で肩を寄せ合うように生活をしている。避難するための列車内もごったがえしている。

ウクライナ防衛軍。おそらく戦車にのるロシア軍兵士もそうだろう。誰一人としてマスクをしていない。

ソウシャル・ディスタンス。そんなものを誰も気にしていないように、私には感じられる。少なくともTV画像からはそう見える。

コロナ感染はどなっているのだろうか?オミクロン株の感染力は強いと聞いている。本当はウクライナ人/ロシア軍兵士の中にも広がっているが、隠されている?

もし隠されているとして、感染症の中での戦(いくさ)などできるものではないように私には思えるのだが。

本日(3/15)各国の医師団が集まって救護にあたっている画像もみた。医師も市民もマスクなど付けてはいない。まるでコロナ感染など、存在していないような感じだ。

私はこの点を聞きたくて、某TV局にメールを送ってみた。コロナ感染について高い見識をもつ、増田道明先生に尋ねてもらいたいという内容だ。今のところ回答はない。

感染症について考えられることは、スプランスキーのいう「感染」に関する脳の認識作用についてだ。

ウクライナ国民もロシア軍兵士もいま、生死の境目にいる。脳は感染を認識しないのではないのか。

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126回目 一元論者に一言

最近また「万病一元論」説を聞いた。内胚葉発生の「腸」を対象にした「一元論」であれば、「なるほど」と思えるのだが。体表医術的「一元論」となれば、私は「またか」という気持ちになる。

なぜ治療者はこんなおかしな結論に向かうのだろうか。例えば人の顔は5つほどのパーツで、人類74憶人分の異なった顔を表現している。                     身体のパーツは顔よりもっと多い。それが「一元論=治療対象部はどれも同じで良い」という結論に向かうのだろうか?

私の想像だが、ふとしたきっかけで「これだ」という世界に踏みいる。神経系の「認識」作用のはたらきも加わり確信へとむかう。

ところでパーマーには一元論/マル・アジャストメントを防ぐための教えがある。「メジャーを治療せよ。マイナーにはふれるな」というのだ。

メジャーの解釈としては、その「アジャストメント位置は、全身に影響をあたえることができること」。結果として力学的エントロピーを減少(化)方向に、向かわせることができる位置ということになる。このあたりをハカリ/下げふり糸でパーマーでは評価/確認をしている→本ブログ1回目のハカリ/下げふり糸のこと。

なぜ「本日の治療」後の評価/確認になるのか?臨床では治療対象部となった位置がメジャーか/メジャーでないかの判断は難しい。そこで治療の進行過程に着眼するのではなく、「本日の治療」後に着眼するのだ。この部分を自然法で評価/確認する。      治療者本人にも分かりやすい。自分で自分の臨床結果をあるていど知ることができる。

私は「本日の治療」後の評価/確認法を3つもっている。レベル1~レベル3.       レベル1:パーマー時代にみたハカリ/下げふり糸。ハカリ:36か所の合致点をもつ。エントロピー減少を目視できる器具の1つといえる。簡単なものだが、「本日の治療」後の評価/確認には大切な器具といえる。

レベル2では2つのハカリの合致点(左右でハカリがそろう点)は5つになる。・レベル3身体構造と和音の合致性をみている。難易度の表現はできない。Kepler先生を真似てみた。

私は「本日の治療」後はかならず、レベル1~レベル3までをすべて用いて評価/確認をする。

しかしパーマー大の教えるレベル1を、最も大切にしている。生物学の教えに合致しているからだ。三胚葉発生生物は、自然法で評価/確認できるカタチを本来有している。

自然法:例えば、糸の先にオモリ(5/50円玉/専門の器具)を付ければ、その先は地球の中心に向かう。ハカリは人類としての重さの原器(基準)をもっている。振動エネルギーは波長が短いほど重く。長いほど軽い。音は高いほど波長は短い。色は青いほど波長は短い。音の和音の構成などなど、人類としての共通認識をもつことのできる方法をここではさす。

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125回目 ノーベル論文を読んで

2021年ノーベル生理学/医学賞は体表医術をおこなう者にとって、大きな支えになる。皮膚/内臓の表面におけるMechano-receptorが、somatic-sensationをかいして身体 に影響をあたえるというのだ。すでに多くの医療者が経験的につかってきた、治療方法の正しさを証明したカタチだ。論文によれば「多くの生理学的過程と病気の状態はイオンチャネルが重要である」という。

私がとくに興味をひいたのは、皮膚におけるイオンチャネルの部分だ。傷寒論にいう「太陽病初期」のとらえ方を、理解できた気になった。ただ「気」だけかもしれないが?

傷寒論では対疾患を2つに分けている。重い症状:チフスのような細菌感染。軽い症状:カゼに分けている→放っておいても自然に治る→ウイルス感染症。私の興味の対象はもちろん軽い方についてだ

人がカゼを認識するとき、多くの者には太陽病の症状があらわれる。古典には「太陽は一身の表をつかさどる」とある。疾患の初めは皮膚表面にあるようだ。

私は以前から疾患動因がどのようカタチで、皮膚表面にあらわれるのかを知りたかった。今回のノーベル論文により、影響方法の一端を理解できたようだ。

「皮膚表面におけるイオンチャネルの、内/外の境界をなす門の開閉機能の不調」。この門がMechanical的に不調におちいったとき、体表医術が効をなす可能性があると考えた。何故ならエネルギーの同種/異種性から考えたとき、門が化学的に不調になるという保証はない。Mechanical的に不調になる可能性もある。

私は太陽病の浮脈と他のSymptomの組み合わせにもよるが、氷をつかい早いものでは2~3時間ほどで軽減するのを学生で確認していた。

❖私自身の話になる                                30代前半の頃、特盛の「さぬきうどん」を2杯たべて太陽病の症状をだした。初めての経験だったので、この時はなぜカゼをひいたのかは分からなかった。こんなことを人生で何回か経験するうちに、理由もわかってきた。もちろん予防法も分かった。目一杯満腹にしないこと。

その時に前出の「氷治療方法」を見つけた。ただ自分だけに効果のある方法だといけないので、後に学校で講義をおこなうようになってから、カゼ引きはじめの学生にも進めてみた。太陽病と思える症状にはうまくいくようだ。

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124回目 歳の瀬に思う

❖今年もコロナ禍のなか、年がくれようとしている。そんな中、12月10日増田道明先生のコロナについての話をTVで聞いた。「コロナが収束期にはいった。それがオミクロン(15番目)だというのだ」。私にとって増田先生の話は、大変失礼な言い方になるが、「これぞ学者」という印象をうけた。

私は学者とは「未知の分野に切り込むことのできる人」と思っている。自説が間違っていれば、自らの学者としての地位を失いかねない。それでも自らの研究を発言できる人と思うからだ。増田先生をそんな人だと思った。

私が先生の話の中で1番感銘をうけたところは、ロシア・カゼについてだった。120~130年前の話だ。先生は「残されている記録を調べていくと、神経にあらわれる症状が、いまのコロナに似ている。日本に残っている記録も調べた。100年以上前なので、ワクチンはない。多くの人がカゼにかかり死んだ。それでも2年ほどでロシア・カゼは下火になり、一般的なカゼになった。

今のコロナも発症から2年がたつ。そろそろ収束期にはいり普通のカゼになっていくのではないのか」とのべた。それから4~5日ほどたってから、ドイツの増田先生とおなじような発表を聞いた。

❖私の中では学者にたいする尊敬の念/信頼度はたかい               パーマー大の先輩にDr.脇山がいた。元パナソニックの研究員だ。彼が私に語ってくれた話がある。「医学校のテストで100点を取れないのはおかしい。何故ならいままでに分かっていることが、テスト問題として出題されるからだ。しかしPhD.(博士=学者)はちがう。未知の分野に切りこんでいく。彼らには50/60点がゆるされる。未知の分野だからだ。もちろんDr.脇山は首席卒だった。

彼は当時DC/DO/MDが共通にうけるアメリカ最難関医学試験:サウスダコタ医学試験にも合格している。非常に残念だが、若くして亡くなった。妻の名はリンダ。

このような経緯があり、私は学者を尊敬/信頼している。勿論、未知の分野に切りこむ学者の少ないことも知っている。

❖今回のコロナ:Novel Coronavirusに「アレー」と思うこと              私はパーマー大時代、勧められスプランスキーの本(実験本)を読んだことがある。「菌(ウイルス)による感染は、記憶にもとづくものだ」というのだ。記憶とはどこまでを意味するのかは分からない。種/種に近い/系統発生学的な長さまでいくのか?その本からは読みとることはできなかった。

スプランスキーの本の影響下にあるためか、不思議に思っていたことがあった、報道ではNovel Coronavirus「新型―」と呼んでいた。変異を新型にふくめるかどうかは分からないが、新型ではヒトには感染しないはず。何故なら菌(ウイルス)を脳が認識できないからだ。ロシア・カゼについての増田先生の話は、私にスプランスキーの実験をおもい出させてくれた。

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123回目 発生学と四診

東洋/中医術には四診という言葉がある→望/聞/問/切。はじめに望:医術者の目で「診る」がくる。何を診るのか?どこを診るのか?何を診るのかについては、カタチ/色/全体的変化といったところか。

どこを診るのか。種々説があるだろうが、東洋・中医学では舌をみることに重点をおいている。生物学的言葉でいえば、内胚葉発生部をみている。聞く/問うについては、現在でもおこなわれている。最後の「切」:触れるでは、脈運動をみている→中胚葉発生部をみている。

3胚葉のうち、2つまでが発生学を基準にしたときの考え方に一致する。では残りの1つ、外胚葉発生部をどのようにみたのか?私には大変興味がある。

とつ然話はかわるが、外胚葉発生部という意味で共通性があるので述べる。私はかって マートン・ガンステットに、患者さんをトムソンテーブル上にのせての、テーブル使用方法を学んだ。一言で言えばエレガント(優雅)。

アジャストメントはX-Rayを参考にするがこの時、どのように治療対象部を特定するのかも教えてもらった。詳しいことは述べられないが、外胚葉発生部をもちいて治療対象部を特定していた。

私は知らないが、東洋・中医術にもそのような方法があるのかもしれない。

ここからは私の希望的意見になる。

外胚葉発生部を腹部(腹診)でみる?いままで色々な先生方の、腹診法をみたことがある。腹を軽くさすることもあるが、比較的押し圧をくわえながら診ることも多いようだ。

私は腹診で気になることがある。腹部は頭部/四肢からの力学的負荷/影響を受けているはずだ。とくに四肢からの「テコ作用」は四肢の長さの関係上、大きな力学的影響(力)を腹部にあたえるはずだ。にもかかわらず、影響力を無視したカタチで腹診をおこなっている。

(122回目に脈診でも同じようなことを述べた→肘の角度を無視していると。ある治療者は患者さんの肘をまげ/あるいは伸ばし/あるいは軽い捻じれをあたえたまま脈をみる。指/手/腕からの脈運動にあたえる力学的影響力を無視している。肘/腕の角度は、身体の構造的変化を投影もしている)。

私は提案をしたい。腹診/脈診をおこなうなら最低限、ハカリ/下げふり糸/音検査に合格してからにするべきだと。言い換えるなら力学的面からの影響力を最小限にしてから、脈診/腹診をおこなうべきだと主張したい。

たぶんこの時の腹診は腹部を軽くふれるようなものではないだろうか。だとすれば、表層外胚葉発生部が、3つ目の発生学的要素になる。

❖誤解をふせぐ                                  体表医術の臨床を、舌診/腹診/脈診でおこなえと推奨しているのではない。医療の発達した日本では、患者さんは自身の医学的データーをもっている。いまはそれらを治療の参考にするべきだと考えている。(東洋・中医学の「聞く」の一部にあたるのかもしれない)。 とう然データーを見せてもらうということは、しばらくのあいだ治療した後にはそれらのデーター上に改善をみられることを希望する。

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